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はじめに
数年前、新型コロナウイルスによるパニックから、世間が少しずつ落ち着きを取り戻してきた頃。
推し活が以前のようには開催されておらず、暇を持て余した私は社会人サークルというものに出会いました。
大人になってからというもの、余暇を全て推し活に注ぎ込んできたため、推し活以外で誰かと遊ぶことがほとんどなかったのです。
わずかに存在した一般人の友人とも、コロナ以降はすっかり疎遠になっていました。
『合わなければやめればいいんだし』
そんな軽い気持ちで参加ボタンを押したとき、私は知らなかったのです。
まさか、ドラマの中の出来事が自分の身に降りかかってくるなんて……。
今回は、ネットワークビジネスの勧誘を受けたときのことについて、注意喚起も兼ねて、お話ししていきます。
推し活ばかりしていた私が、どんな経緯でそんな事態になったのか。
まだ金融リテラシー皆無だった私が、どうして気づくことができたのか。
タイトルから察してくださる方もいらっしゃるかもしれませんが、ぜひお付き合いいただけますと嬉しいです。
ネットワークビジネスとは
ネットワークビジネス(マルチレベルマーケティング、MLM、マルチ商法)とは、連鎖販売取引とも呼ばれる販売形態のひとつです。
商品やサービスを口コミで宣伝し、会員を増やしていきます。
また商品を購入するだけでなく、誰かを勧誘して会員にすることで、紹介料や販売手数料を受け取ることができます。
「ネットワークビジネスはねずみ講と同じだ!」
「ネットワークビジネスは詐欺だ!」
そんな声を耳にすることがありますが、実は詐欺ではありません。
形式上は合法的なビジネスとなっています。
むしろ合法だからこそ、様々な社会的問題を抱えているのです。
■ 法的保護の限界
“詐欺”ではない形式
ネットワークビジネスは商品やサービスの実体があるため、刑法上の詐欺罪を立件するのが困難です。
(違法とされている“ねずみ講”には、商品やサービスの実体がありません。)
“契約の自由”という盾
参加者は自分の意思で契約を結ぶため、後で「騙された」と主張しても、証明するのが難しくなります。
■ 精神的な問題
人間関係の破壊
勧誘は多くの場合、まず信頼関係のある友人や家族から行われます。
相手が勧誘を受けても断っても、大切な人間関係が壊れてしまうリスクを負うことになります。
マインドコントロール
多くの組織は、成功者による自己啓発的なセミナーや、豪華なパーティーなどを通じて、参加者のマインドコントロールを行います。
これにより、客観的な判断が難しくなります。
損失回避バイアス
人には利益を得る喜びよりも、損失を被る苦痛をより大きく感じる傾向があります。
ネットワークビジネスでは、『今辞めたらこれまでの投資が無駄になる』という心理を利用して、参加者を留まらせます。
■ 経済的な問題
初期費用の負担
ネットワークビジネスでは高額な商品の購入やセミナー参加費など、多くの初期費用が求められます。
実質的な赤字
ノルマを達成するためには、商品を買い続けたり、勧誘のための交通費や飲食費を負担したりする必要があります。
結果として、収入よりも支出の方が多くなり、お金を失う人が大半となるのです。
ネットワークビジネスに参加する99%の人は収入を得られていないという統計もあります。
つまり十中八九、“儲けにならない儲け話”ということです。
手痛い勉強代?@渋谷のカフェ
社会人サークルにて、私は5人の男女と意気投合し、アフターに参加しました。
そこで、ひとりの男性──仮にAさんとします。
Aさんから、自分が運営しているボルダリングサークルに参加しないかと誘われ、女性全員がその場で承諾。
ボルダリング当日はサークルのメンバーにもあたたかく迎えられ、充実した時間を過ごすことができました。
推し活と仕事ばかりしてきた私には新鮮な出会いばかりで、次はみんなでどこに行こうかと帰り道でもワクワクしていました。
そして次の日、AさんからLINEが届いたのです。
それは個人的な食事のお誘いでした。
「目標とか夢ってある?」
ほんの少し陽が傾きかけた渋谷のカフェ。
ふんわりふくらんだパンケーキを前に、Aさんが切り出します。
空調の効いた窓側の席は少し肌寒く、私はスマホに収めたパンケーキを見ながら生返事をしました。
「ん〜」
それまで記憶にも残らないような雑談に花を咲かせていたけれど、彼はずっと上の空でした。
これが本題かと思って視線を向けるけれど、目は合いません。
そういえば、アフターの帰り道でもこんな話をしていた気がします。
事あるごとに将来について聞いてくる割に、私自身にはあまり興味がなさそうなところが引っかかっていたのです。
「今は特にないかなー。やりたいことはやっちゃったし。今の仕事もやりたいことなので」
「じゃあさ、今の仕事に不満ってある?」
『お前は慈善事業家のカウンセラーかなんかなのか?』
率先してお悩み相談を受けようとするAさんに内心首を傾げつつ、私はナイフとフォークを手にとってパンケーキを切り始めます。
実際のところ、当時の私に仕事に対する大きな不満はありませんでした。
もちろん、多くの人が感じるような会社への不満はあったけれど、それはどこで働いていても生じるものです。
そんな考えを正直に話すと、Aさんは困った顔をして気まずそうにパンケーキを食べ始めました。
「…………」
「美味しいですね」
「こういうのよく食べるの?」
「はじめてです。渋谷でパンケーキってやってみたかったので」
私が半分ほど食べ終わったところで、Aさんは完食してしまいます。
『お腹が空いてるなら、ランチにすればよかったかな』
『でも、食べたくないものに1円も払いたくないし』
『というか、今日一応誘われたんだけど、会計どうするんだろ』
私が財布の心配をはじめたことを知ってか知らずか、Aさんは勝手に語り始めます。
曰く、自分は今の仕事に対して今後も安定して稼げると思うけれど、体力的な不安を感じている。
曰く、今後は本業をセーブして副業に専念しようと思っている。
曰く、副業は友達と楽しくやれているから毎日が充実している。
今回のお誘いが友人としてなのか男としての何かなのかわからないけれど、万が一後者だった場合、安定した仕事を辞めようとしてる男はないな──
そんな考えを巡らせつつ、にこやかに相槌を打ち、私は窓の外に目をやります。
汗を拭きながら電話をかけているサラリーマンが道端で立ち止まり、その脇を日傘をさした女性たちが通り過ぎて行きました。
『他の女性に告白したいから手伝って、とかだったらどうしよ』
ティーカップに入った紅茶は冷めきっていて、温かいうちに飲めばよかったと後悔の念が湧き上がります。
そして次に飛び込んできた言葉で、はたと固まりました。
「ネットワークビジネスって知ってる?」
(「わざわざネットワークビジネスの会社を作ってぇ」)
頭に響く副音声。
どこかで聞いたことのある、声とセリフ。
私が人生でその単語を耳にしたのは一度だけでした。
>> ヒプマイのドラマCD <<
「聞いたことはある、かな」
「内容とかは詳しくない感じ?」
「ですね。ほら、えっと、副業について調べてた頃に、名前だけ?」
「うちはさ、情報商材とか取り扱ってて……」
(「これで情報商材とかやったら笑えんわ」)
今度は、白膠木簓が割り込んできます。
「いろんな職業の人がこの副業をやってるから、繋がりができて楽しいよ」
(「うちの会員はいろんな職業の奴がいる」)
続いて、天谷奴零。
『え、今、ドラマCDが再現されようとしてる?』
『進〇ゼミでやったところだ!』
『あゝオオサカdreamin’night!!』
『はい、どーもー!!』
今日一の大興奮を与えているとは知らず、Aさんは語り続けます。
「この前のボルダリングにいた〇〇さんと△△さんもやってるんだ。連絡先交換した? 仲良くしとくとね、色々教えてもらえていいよ」
(「人脈を広げるって意味でも、うちに入るメリットはあるぜ?」)
人呼んで、\MasterMind/
なんと、あのボルダリングサークルはネットワークビジネスの温床とのこと。
私たちは何も知らずに、とんでもない人たちと交友を深めていたのです。
なにはともあれ、これ以上Aさんと話すことはありません。
ヒプノシスマイクによる知識しかなかろうと、詐欺師である天谷奴零が斡旋し、白膠木簓に「十中八九、詐欺」と言わしめた商法が健全なものでないことは理解できました。
けれども、それを伝えて逆上されたり、しつこく勧誘されてはたまったものではありません。
ここは何も気づいていないフリをしてやり過ごし、フェードアウトするのがベストでしょう。
そう考えた私は、パンケーキを食べ終えるとゆっくりと椅子に背を預けました。
「あ〜、お腹いっぱい」
なにやらまだ話し続けていたAさんは、焦ったようにこちらを見ます。
「あ……そっか、あんまし食べないんだよね」
「思ったより多かったですね」
「珈琲がおいしいお店とか知ってるんだけど……」
「ん〜、また今度がいいかな。すみません」
笑顔で断って帰ろうとすると、Aさんも帰り支度を始めます。
そのとき、私ははじめて気がつきました。
Aさんはアフターでも、ボルダリングサークルでも、そして今も、私服とはチグハグな黒いビジネスリュックを背負っているのです。
『パソコン? 情報商材?』
これまで感じていた違和感が、全て繋がっていくのを感じました。
脈がないと思ったのか、単にお金がなかったのか、会計時に彼がお店の人に頼んでいたのはまさかの別会計。
奢り奢られ論争をするつもりはないけれど、お店の人の少し引きつった表情が記憶に残っています。
男女が渋谷のお洒落なカフェに入って、割り勘ならともかく会計を分けることが果たしてあるのだろうか。
さらに、彼は領収書が必要だから必ず渡すようにとお店の人に念押ししていました。
ネットワークビジネスに専念すると言っていたわりに、Aさんはどこをどう見ても稼げているようには見えませんでした。
その後の話
帰宅後、私はアフターに参加していた女性たちに今回のことを共有しました。
すると、ひとりが「自分も友人からネットワークビジネスの勧誘を受けたことがある」と話してくれました。
そのときも別会計だったそうで、経費として計上しているのかもしれないけれど、勧誘時にそんなことでいいのかと笑い合いました。
また、後日みんなで食事をしたときに、男性にもこの話を共有しました。
すると、驚くべきことがわかったのです。
そもそもの発端となった社会人サークルの際、Aさんは男性とはほとんど会話しておらず、連絡先も交換していなかったとのこと。
それなのにアフターについてきたから、どういうつもりなのだろうと考えていたそうです。
私たちは、てっきり男性陣は男性陣である程度の関係があるものだと認識していました。
ボルダリングサークルでも、Aさんは私たちにこう言っていたのです。
「男たちは今日予定あって来れないって、連絡あったからさ」
男性陣曰く、Aさんが何をしている人なのか、仕事も、年齢も、住んでいるところも、何を目的として社会人サークルに参加したかもさっぱりわからなかった、とのこと。
それどころか、話しかけても会話する気がないような態度をとられ、正直なところ嫌悪感を抱いていたそうです。
これからも6人で集まるものだと思っていた私たちは、狐につままれたような気持ちでした。
それから私は、ネットワークビジネスについて色々と調べました。
法的な立ち位置や勧誘方法。
有識者の見解。
ネットワークビジネスで家族や友人と縁を切ることになった人や、借金を負った人の体験談。
身近に存在するマルチ商品。
勧誘されたので潜入してみた、撃退してみた系のYouTube。
勧誘時に使われるマインドコントロールに関する書籍。
様々な媒体で調べていくうちに、いくつかの結論が見えてきました。
まず第1に、こんな言い方をしては申し訳ないかもしれないけれど、私はAさんの勧誘がへったくそだったから無事だったのです。
もしあのとき、Aさんが書籍に書かれているような心理学を駆使した手法で言葉巧みに会話を誘導していれば、逃げられなかったかもしれません。
そう感じるほど、ネットワークビジネスの勧誘には人間の心理をうまく利用したものが数多くあります。
そして第2に、私は“知っていた”から無事だったのです。
こういった問題は、誰もが全てを知る必要はありません。
でも何も知らなければ、身構えることも、逃げることもできません。
あのとき、ドラマCDの内容を覚えていたから。
“あゝオオサカdreamin’night”が頭の中で流れ始めたから。
無知だった私は、推し活によって救われたのです。
あれから何年もの間、Aさんからは不定期に予定をたずねる内容のLINEが届いていました。
私はあの日以来、一切返信をしていません。
まとめ
今回の記事を書くにあたり、当時のLINEを読み返しました。

今とは全く違う生活をしていた数年前の自分なのに、相変わらずの私で笑ってしまいました。
けれども、ネットワークビジネスは個人の手に負える問題ではありません。
危ういと思ったものに自分は決して近寄らず、知識を身につけ、必要に応じて回避することが重要です。
そして、こうして注意喚起をすることで、私も誰かの“あゝオオサカdreamin’night”になれたらいいなと思っています。
今回もお読みいただきありがとうございました。
ぜひまた遊びに来てくださいね。
【出典情報】
・ どついたれ本舗「あゝオオサカdreamin’night」
・ 2019.10.30 ON SALE
・ 作詞 R-指定/作曲・編曲 DJ松永
・ 作品詳細はこちら
・ 公式YouTubeで作品トレーラーを聴く


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